一般人が情報を発信しなくなった弊害

昔はニフティやPC-VANやASAHIネット、アスキーネットなどのパソコン通信が活発だったこともあり、それらのサービスが衰退しても、その頃のユーザーはインターネットに移行して積極的に情報発信していました。JWWなどの建築系ソフトも含めフリーソフトも活発に開発されました。そして市販のソフト会社も、そういった場で情報を集めたり、発信したりしていました。自社で掲示板を運営したり、ユーザー会を積極的に開催していた会社もありましたね。日本がまだ元気だった時代です。

しかし時代は進み、古きネット社会は廃れ、2chに代表される巨大掲示板を経て、まとめサイトなど広告収入さえ得られれば何でも良い、という時代に進みつつあります。ブログ文化も廃れ、SNS全盛とはいえ、電話や実際に会うコミュニケーションがLINEなどに移っただけで、やはり情報発信は減ってきています。まあアフィ的なものや政治的なものなどは、まだ比較的多いようですが・・・。twitterの気軽さが受け、積極的に活用されてはいますが、デマが多くなった気がします。またコピペも蔓延しています。正直、積極的に活用しようとは思えません。

変な発言や間違えた情報を発信すると叩かれるし、メリットを感じられないのもあるのかもしれません。しかしせっかく自由に発言出来る場がネット上に確保されたわけですから、もう少し活用したほうが良いような気がします。別に良いことを書こうと思わなくてもいいと思います。

ブログサービスや無料ホームページサービスの相次ぐ廃止で昔からの良い情報もネット上から消えつつあります。それらをうまく継承し発展させていかないと、なんか悲しい未来が思い浮かびます。実際、東日本大震災を取り上げた一般の方のブログも、かなり閉鎖されて情報がネット上から消えつつあります。JWWの良い情報も消えつつあり、JWWの良さがなくなってきています。そういった情報をまとめて保存するサービスが出来ても良いと思うのですが、商売や個人情報などを考えると難しいのかもしれません。私だって何かあったら、このブログは閉鎖するでしょうし。古い間違った情報が変な影響を与えていることだって否定はできませんので必要かどうかも謎です。

別に個人が情報を発信しなくてもいい、という考え方もありますが、多様性や、個人レベルでの技能、情報が、ネットで共有できることによって、生きるヒントや考えるネタになるのは事実です。最近は、マスクがなければ、すぐにマスクの転売やーが増える・・・などと行動や情報の画一化は目立つような気がします。

なので、いろんな人が考え書き残した事の中に何か人や後生に役に立つことがあれば、残していきたいな、と思います。そういった声が大きくなるまで頑張らねば、と思います。