シャープの黒歴史??AJ-2000は名機だったはずなんだけどな・・・

 シャープは、私がフリーターでパソコンショップで働いていた頃、満を持して?家庭用インクジェットプリンターの市場に参入しました。当時はキャノン・エプソンの2強時代が続いていましたが、HPが高速プリンターで追い上げをみせていた時代。まだ市場につけ込む隙間は十分にありました。そこで富士ゼロックスやレックスマークなど次々と日本の家庭用インクジェットプリンター市場に参入してきました。そこにシャープが参入です。私のいた店にも良い位置に展示されました。それがAJ-2000でした。
 なぜか私はこの機種が気に入って、販売していた記憶があります。当時高速性をウリにしたHPのプリンターが発売され、キャノンが名機中の名機であるBJ S600を発売したころでした。このウルトラ高速でインクが独立したプリンタは、店頭デモでも非常に好評でした。モノクロ15枚/分、カラー10枚/分とスペック上は控えめでしたが、当時は驚異的でしたね。さて、その数字を見た後に、シャープのAJ-2000を見ると、モノクロ12枚/分、カラー8枚/分と結構健闘しています。当時のエプソンの主力PM-900Cは、メチャクチャキレイで従来機の2倍の印刷速度を実現しましたが、ドラフトモード以外は、かなり遅かったですから。他のエプソン機はいうまでもありません。ただし画質は普通。ただし独立インクで、分離型プリントヘッドを搭載!そしてHPと同じ前面給排紙を実現!このあたりは各社をよく研究していましたね。今のシャープと異なり(・・・)、よく考えられていました。デザインもHPより日本受けしそうなデザインでした。
 ただ・・・まったく売れませんでした。価格を抑えるために、スピードを落としたLEも用意していましたし6色インクのAJ-2100も用意しました、4機種構成と頑張っていました。複合機タイプのAJ-6000シリーズ同時投入。なかなか良かったのですが、複合機で先行したHPやゼロックス(ゼロックスも案外早く撤退)には全く刃が立たず、後から来たキャノンエプソンの複合機攻勢の間に撤退を余儀なくされました。

 2000年秋に参入したときは、3年後にシェア10%を目指すと頑張っていました。ちなみに最後はAJ-6110といった後継機もだしていますが2002年春のこと。つまり3年後・・・といっていましたが3年後にはほぼなくなっていたことになります。

 なぜ今、そんな記事を書いているか?というと、シャープよりひっそり発表があったので。そのお知らせ
 つまり製造を中止したAJシリーズの保守サービス終了のお知らせです。まあ仕方がないのですが、よくこれだけ長い間保守してくれたものだ、と逆に感動します。
 ちなみにAJシリーズは当時の富士ゼロックスとの提携でできた商品で、実質ゼロックス製に近いそうです。当時は知りませんでしたね・・・。