運がいいのでしょう

 先日、構造計算を教えているある方から、「好きなことを仕事にしていていいですね」といわれました。その方は、会社の指令で強制的に構造を学んで、いきなり実務をやらされているので大変でしょう。それは理解できます。しかし私にいわせれば、「嫌いな建築を、なかば強引にやらされている私」に言うことではありません。建築やりたくて建築やっていて、その建築のなかの「構造」に移動してきているのだから、まだマシじゃない?と思うのですが。
 私は今の私の事務所に入ったのは、仕切っていた姉が結婚していなくなって大阪から半ば強制送還のような形でした(夢の実現のために勉強しながらパソコンショップで働いていました)。建築ははっきり言って嫌い(今より嫌いでしょう)。しかも既に潰れる寸前の事務所のように、技術的なことがわかる人間もいなかったです。教えてもらえることもほとんどなかったです。だから仕事内容によって、意匠から設備、構造まで、一生懸命やりました。ただ・・・やらされているというイメージから初めの数年はまったく駄目駄目。サボって事務所のソファーで寝ていることもたびたび。役所の訂正では帰りに寄り道することも多い(おかげで浅草は詳しくなりました)、典型的な駄目社員。だから若い人たち偉そうなことはいえません・・・。
 でも私は運がいい。会社外部に私を引き立ててくれる方々が揃っていました。そんな私の腰掛け気分を一掃する取引先Y氏(意匠の師匠)。彼も建築は好きではなさそうですが、仕事を仕事として割り切って情熱的に仕事をしていました。私の現在のスタンスも彼から受け継いでいるのでしょうか?また私の仕事を認めてくれたH氏。仕事が評価なんてされるなんて思ったことが無かった私にとって、認めてもらえることは本当にうれしかったのです。また素人同然の私にいろいろな事を聞いてきてくれたJ氏やM氏やS氏といった取引先の若手の建築担当者にも助けられました。今は、ほとんど繋がりがなくなってきてしまいましたが感謝しています。当時は嫌で嫌で仕方がなかったのですけど・・・。
 だから私もそういう存在になりたいです。少しでもお役に立てればと思ってやっています。力なんて関係ありません。要はその人にとってどうであったか、だと思います。
 今も周りに盛り上げてもらって何とかなっています。そろそろ自立しないとねえ。大人にならなければ・・・。