最近の構造屋

 私自身、構造を語ることがあるが実際のところ構造屋さんってあまり知らない。うちの事務所は意匠事務所がメインでしたし(本当です)。子供の頃から建築士はたくさんみてきたけど、その記憶の中に構造屋さんはありません。ついでにいうとこの業界に入るまで構造なんて興味がなく、世間の方々と同じように知りませんでした。親が構造計算しているというのは知っていましたが、それが何だかは知りませんでした。
 自分の意志とは関係なく構造をやることが多くなってしまったのだが、幸い周囲の構造屋さんはいい人ばかりで、怖いもの知らずで何も知らない私を重宝し、思い切って起用してくれました。ネット上でお世話になっている構造屋さん、実際あった方々もいい人が多く、耐震偽装事件で大きな被害を受けながらもこの業界は乗り切っていけるはず、と信じていました。
 しかし現実は・・・。構造屋が希少と見るや急に偉そうになったり、お金をたくさん取ろうという不届きな方々も少なからずいる模様。まあ現実的に非常に高度な技能職なので、最近の低価格路線や低姿勢は問題だったのだが。勘違いしている人(特に若い人)がいるのも事実で、人数が少ないから仕方がないのか?まあ、また元に戻るよりは立場がきちんとしたほうがいいので、そこそこのラインで安定してほしいものです。
 それよりも感じるのは同業者間の差別。他の技術者よりも自分は優れているという気持ちは必要だと思うが、それを露骨に出すのはやめた方が良いと思う。一貫計算ソフトを駆使して設計する方々を「計算屋」と呼んで差別する人。現在は一貫計算ソフトを入力だけできるとう技術者はとっくに淘汰されています(少なくとも独立してやっている技術者は)。それを使いこなせて結果に関して解説できるからこそ生き残っているのに。また兼業で構造をやっている方々に「腰掛けのくせに」といった発言も聞くことがあります。兼業だからこそわかることも多い場合もあります。また高層の技術者が低層を差別したり、RCの技術者が木造技術を軽視したり、木造技術者がRCの技術を軽視したり。構造技術者は万能な方はまずおらず、皆、それぞれ専門を持っています。だからそれぞれの技術とキャリアを尊重しあって業界全体が良くなっていく必要があると痛感しています。タダでさえ構造技術者は減少傾向、高齢化傾向なのだから。最近見ていると個々で戦っているだけで、まとまりがないなあと感じます。
 そんななか、私の周囲では理不尽な指摘で苦境に立たされた構造屋さんを同業者の構造屋さんが手助けしたり、専門の違う構造屋さん同士で、得意な仕事を振り合ったり、同じ得意分野を持っている構造屋さんがお互いの技術を教えあったりという新たな動きが見られるようになってきました。こんな動きがどんどん広がっていけばいいのにと感じる今日この頃です。