構造計算偽造問題と構造トレインNZXの生い立ち

 私は文系出身で、元々建築を志していたわけでもなく好きでもなかった。何の因果か(親がやっていただけ)、この業界に紛れ込んできたわけですが、初めは意匠の建築設計を担当していました。そのころ事務所の経営は非常に厳しく私もがむしゃらに昼も夜も休日もなく働いていました。自分の力不足に苛立ちながら、なんとか突破口がないか探っていました。
 他業界から来た私にとって建築士や建築設計事務所の立場の弱さや、労働時間に対する低報酬、重要業務に対する立場の弱さなど感じ絶望感すら感じました。住むアパートすら失い会社の片隅で生活する惨めさを味わった私が執念で考えたのは「構造専門事務所への転向」でした。当時、非常に広範囲をカバーすることを売りにしていた事務所でしたが、時代は各分野とも複雑化し一つの事務所で広範囲をカバーすることは事実上不可能になり、広くカバーしようとすると何もできなくなる可能性すら出てきました。既存の資源のうち、この後10年食べていける資源は何か?を考えた際、ライバルが少ない構造を狙ったのです。その点は他の構造専門事務所等と大幅に違う部分です。
 構造設計事務所の営業力の無さに着目したのです。構造計算書偽造問題で、世間で構造設計の事務所があること、立場が弱いこと、営業力がないことが明らかになりましたが、当時もそうでした。インターネットが普及しインターネットで営業ができる建築の分野は構造が一番でした。現地に行く必要がなく、図面のやり取りは低価格ですみ、一業務が短いと、インターネットでやっていくには好条件が揃っていました。何よりも実感として、構造技術者の高年齢化があり、私が生き残るチャンスだと感じました。
 その後半年をかけ、インターネット構造計算受発注システム「構造トレインNZX」を完成させサービスを開始しました。実はかなり猛反対にあい、実現は大いに遅れました。構造専門を狙う私に対し、それでは事務所が成り立たないという声がありました。何よりも旧態依然の建築設計の分野でインターネットが受け入れられるか?など不安要素もあったのです。
 しかし導入が遅れればそれだけ他の参入者が増えることも予想されたので、木造だけを試験的に導入することで突破口を開きました。今でこそ当たり前になったSEOの技術を導入しアクセス数を増やすことを狙いました。事務所ではホームページばかりに時間をかけて、と陰口を叩かれました。私も確固たる自信があったわけではありません。しかし何かしなけらば、という思いから動きました。同時に業務体系や事務形態、経費などを査定し改善に努めました。また構造専門化にあわせ社内で勉強会の時間を設けました。自分でも業務の合間をみて構造を勉強しました。
 サービス開始後、問い合わせはあるものの、なかなか業務に結びつきません。しかしアクセス解析からある法則を見つけ営業方針を立てることができました。構造事務所を欲している意匠事務所の数が意外に多いこともわかりました。地道に続ければ大丈夫!と思っていたサービス開始3ヵ月後、初めて成約しました。木造3階建てでした。残念ながら私はまだ業務をこなす能力はなかったのですが、設計部隊をフル稼働させすばやい納期に間に合わせることができました。
 その後、大口を狙い営業を開始。構造のフルラインナップが必要と、鉄骨造、ツーバイフォー、鉄筋コンクリート造、擁壁など次々にサービスをリリース。それに伴い通常ルートの構造設計の依頼も増え、現在に至りました。
 その経験から、今回の構造計算書偽造問題は、建築士や建築設計事務所の立場をよくしなければ必ずまた発生するものと思います。収入がなければやっていけません。今回構造事務所の立場の弱さがクローズアップされていますが意匠事務所だって厳しいです。価格に対する要求は世間の想像以上なのです。そのことに気が付いていた私は、構造トレインNZXでは値引きは一切しないし、多棟現場というおいしい条件でも絶対割引しません。一度やってしまうと次も狙われるからです。安い仕事はいい仕事にならないことが多いです。プロなのですから、その仕事に対して誇りを持ち、堂々と報酬を請求すべきです。
 世間で、メーカーやデベロッパーから仕事欲しさに、法外な低価格で設計業務を引き受ける建築士を見かけます。食べていくためには必要なのかもしれません。不正を行っているわけではありませんが、いい仕事ができるとはとても思えません。もう一度設計というものを見つめなおしていくには、いい時期なのかもしれません。今回の事件で法的整備を含め業界全体が大きく変わっていくと思われます。こんな機会は少ないです。私も体の調子が悪いので、いろいろ考えていきたいと思います。
 大晦日の晩なのですが、体調が悪く寝込んでいます。今年起こったことが頭をめぐり、来年はどんな年かと想像しています。不安のほうが大きいのは悲しいことですが、明るい年にしていこうと決意しています。来年こそは健康で一年過ごしたいものです。
 では皆様、今年一年お世話になりました。本当にありがとうございました。来年が皆様にとって良い年でありますように。